2013-01-01から1年間の記事一覧

マテヤの掃除

数年前に実家にある蔵の掃除を手伝うことになった。 この地域では、蔵のことを「まてや」と呼んでいる。どういう意味なのかはわからないが、子どものころから耳にしているので通じるのである。 「仕舞っておく部屋」という意味で使っているのか。長年使って…

一人だけ料理がこないとき(後編)

(前編を読む) さいしょに英君が注文する。店員さんは伝票に記入する。つぎにギョクレンが「坦々麺」と口に出した。 と、その瞬間、店員さんの鉛筆が伝票の上を走るのを待たずして、尾位君が続けて自分の注文を口にしてしまったのである。 なんてことないの…

一人だけ料理がこないとき(前編)

「ギョクレンさんの遅いですね」むかいの席の英さんはピーマンと牛肉の細切り炒めをつまんだ手をとめて、顔をあげた。横にすわる尾位さんも、不安げな顔つきで厨房に目をやっている。 「そのうちきますよ。どうぞ、食べててください」 ギョクレンは平然と言…

清川村温泉記(下)

(中)を読む ギョクレンはもうすでに勘付いていた。自分が紹介したい温泉は、ここではない。いや、そもそもこの付近のものではないことを。山道なんてものはどこも似たり寄ったりなので、どこかほかの場所と勘ちがいしていたのである。そう、あれはたしか、…

清川村温泉記(中)

(上)を読む ダムの向こう側の岸辺は、先日の台風のせいなのか一部が崩落しており、道路もガードレールも水面すれすれまでひん曲がっている。自然の威力の前には人間の力なんぞとるに足らないものなんだと、見せつけられているようである。 車はダムを過ぎ…

清川村温泉記(上)

宮ヶ瀬ダムの湖畔に車を停めたころには、重たい雲の裏側から宵の気配がただよい始めていた。朝から続く雨の勢いはいっこうおさまることなく、ひっきりなしに湖面に波紋をきざんでいる。さっきからギョクレンの身体にも、傘のとどかないところめがけて雨が打…

ギョクレンのあまちゃん3

(前回のおはなしはこちらから) また因縁でもつけられたら大変なので、顔を見られないよう露店からそむけて素通りを試みるギョクレン。 だが、むだであった。相手は海の中で獲物を見つけることをなりわいとしている海女さんである。女性ばかりの参道の中で…

ギョクレンのあまちゃん2

(前回のおはなしはこちら) 神社は海女資料館のわきから坂道をのぼったところにある。すでに坂道には多くの参拝者の姿があった。ほかの観光客にまじって歩いていると、とつぜん横から呼びとめるものがいる。 「男三人で行ってどうすんだ」 声のほうを向くと…

ギョクレンのあまちゃん

お伊勢参りに出かけたギョクレンは、旅の途中で相差(おおさつ)という名の港町に宿泊した。どうしてこの町に宿をとったのか、ギョクレンは忘れてしまった。おそらく伊勢海老が食べたかったくらいの理由であろう。相差については、まったく下調べをしていな…

ヤンチャ坂

今週のお題「2013年、夏の思い出」 ギョクレンの故郷にヤンチャ坂とよばれる非常に急な坂がある。ヤンチャとはあのヤンチャ坊主のことを言っているのである。かつて、といっても、どれくらい前のことかわからない。とにかくずっと昔そこの付近にどうにも手の…

超怖い話ガム

山あいのコンビニエンスストアにはいった一行は、店内中央に位置する陳列棚のなかに奇妙なガムの存在をみとめた。それほど目立つ場所ではなかったのに、目にとまったのは奇縁であろうか。おどろおどろしい日本人形がうつるパッケージに書かれた文字に一行の…

ぐずの生態

ギョクレンはねこを一匹買っている。名前をぐずという。とくに書くべきものがなかったので、ぐずのことでも書くことにする。ぐずは耳が効くらしく、ひとりで留守番していると、30メートルくらい離れていても、飼い主であるギョクレンの足音を聞き分けて、ニ…

間違えられた男

「オイ、尻さわってんじゃねえよ」 つり革につかまって電車に揺られていたギョクレンのうしろで男の声がした。混雑していた車内の乗客は声のあがった方向へいっせいに注目する。 声の主は50代とおぼしき男性で、首をひねってすぐ後ろに立つ若い男をにらみつ…

下り列車

「一番線ドア、閉まりまーす」 駅員の呼びかけと発車メロディがホームに響きわたるなか、三人の女性が列車に乗り込んできた。三人を受け入れると間もなくドアは閉まり、ゆっくり列車が動き出した。女性たちはすぐ脇の空いている座席に腰かけた。 席に座るや…

護国寺たぬきに化かされる(2)

(前回のおはなしはこちら) 「だいじょうぶですか」 ひとまずじいさんを助け起こし、ついでに自転車をもとにもどしてスタンドを立てると、興奮しているギョクレンは、すぐにへびのほうを指さしてじいさんに知らせようとする。 「ちょっと、あれ見てください…

護国寺たぬきに化かされる

護国寺にねこが何匹か住んでいることは知っていたので、ギョクレンはいつも前をとおるたびにねこの姿をさがしている。護国寺のねこはひとなつっこいので、ときたま道行く人が体をなでてやっているが、ギョクレンはまださわったことはなかった。 ある日の雨上…

東京動物記

道を歩いていたら路地裏でカラスが地面をつついている。何をしているのかと目をこらしてみると、そばにヒキガエルが這っていた。 このあたりにヒキガエルがいることは知っていた。雨の日のあとに一度だけ目にしたことがあったのだが、そのときのカエルなのか…

ぐずの嘔吐

ギョクレンは、子どものころからねこを飼っていたのだが、すべて田舎で放し飼いにしていたので、ねこの生態には詳しくない。ねこといえば、眠いときと腹が減ったときに家に帰ってくる存在であった。 しかし東京のマンションの4階に連れてきたからには、ぐず…

大脱走と・・・(3)

(前回のおはなしはこちらから) 「これって・・・」 ギョクレンは続きをしぼり出すことができずに相手に助けをもとめる。 「ねっ、いるでしょ。マックィーンとブロンソン」 同僚はそんなとまどいなど意にも介さず、うれしそうに説明した。 「ええ」 そう返…

大脱走と・・・(2)

(前回のおはなしはこちら) 「ギョクレンさん、『キューブリック』で大脱走でてるの知ってますか」 「なに言ってるんですか。大脱走は、スタージェスじゃないですか」 「いや、そっちのキューブリックじゃなくて・・・」 そっちのキューブリックじゃなけれ…

大脱走と・・・

押入れのなかを整理していたギョクレンは、いちばん奥に置かれていたひとつの紙袋の存在に目をとめた。袋を見ただけでは中身はいったいなんなのか、見当もつかない。 自分でしまったくせに見当がつかないなんて、どうせたいしたことはないのだろう。しかし、…

ほんのおまけ

今週のお題「最近あった良いこと」 神保町の軒先で、一冊100円のワゴンのなかからフィールディングの「トムジョウンズ」を見つけた。全四巻を手に取って店のなかに入り店主にわたす。 「カバーつけましょうか」 「カバーはいらないです」 「本当にいいんです…

ぐずの誕生(その3)

(前回のおはなしはこちらから) こぶしひとつやっと入るくらいのすき間をうらめしそうに眺めるギョクレン。先の暗やみにむかってライトをむけてみるものの、ひと筋の光がむなしくとおるばかりであった。けっきょくクモの巣まみれの頭をうなだれながらはしご…

ぐずの誕生(その2)

(前回のおはなしはこちら) しらせを聞いたギョクレンは次の日仕事を終えるや実家へもどった。 さいきんでは、子ねこもずいぶん成長して自分で歩けるようになったのだという。母ねこがどこかへ連れていっても、自分の意思でよちよち勝手な方向へ歩いてしま…

ぐずの誕生

ギョクレン氏はねこを一匹飼っている。数年前に実家でねこが子どもを生んだので、一匹貰い受けたのである。 母ねこのムクは、はじめてのお産であった。いよいよ産まれる段になって、夜中にギョクレン氏の母親の布団の上にあがってきた。にゃーにゃー鳴いて、…

書棚のなか

神保町の道ばたでラックに並んだ本を見ていたとき、宮沢賢治の文庫本を偶然手に取った。たしか「銀河鉄道の夜」がはいった岩波の短編集だったと思う。 なにげなくパラパラめくっていくと、最後のページにペンで署名がありその横には 「45年1月 成人の記念…