さいしょに英君が注文する。店員さんは伝票に記入する。
つぎにギョクレンが「坦々麺」と口に出した。
と、その瞬間、店員さんの鉛筆が伝票の上を走るのを待たずして、尾位君が続けて自分の注文を口にしてしまったのである。
なんてことないのかもしれない。だが、店員さんはまだ坦々麺の「坦」の字すら書いていないのに、チャーハンと耳にしてしまったのだ。
店員さんの表情に動揺の色が見えた。まだ若い中国人の男の子である。日本語も流ちょうとは言えない。立て続けに注文を投げ込まれて、混乱してしまったのではないだろうか。
「来ないですねえ。麺類なので遅いんですかね」
能天気な推理を披露した尾位君を、ギョクレンは横目でちらりと確認した。
どうやらこの男は、自分が犯した罪の重大さなどこれぽっちも認識していないようである。
しかし、あくまで推測の域を出なかったので、この男に不満をぶつけるわけにもいかず、もどかしさのみが空腹の胃袋にたまっていった。
「すいません、料理まだですか」
とうとう英君が声をあげた。自分の料理がほとんど食い終わりそうなのに、目の前の同僚が、いまだおあずけを食らっている状況に耐えられなくなってしまったのである。
「いま作っています」
近くにいた店員はしらっと答えた。だがギョクレンは見のがさなかった。その目が明らかに泳いでいるのを。
店員はそそくさと厨房の奥へと消えていく。厨房内では、料理人たちがひとかたまりになって、なにやら相談しているようである。
それからまもなく、これまでの経緯からでは不自然なほどのスピードで、テーブルに料理が運ばれてきた。
ギョクレンはようやく坦々麺を口にすることができた。本人よりも料理の到着を歓迎したのは英君と尾位君で、やっと気兼ねなく食事をすることができると、ほっと胸をなでおろした。
これだけ待たされた坦々麺の味は、チンゲンサイが冷たくて、流しのざるから急いでつまんで放りこんだとしか思えなかった。だが、ギョクレンはそんなことにはいっこうかまわずに、料理を口に運んでいった。
「ギョクレンさん食べるの早いですね」
尾位君がおどろいて話しかける。
「そんなことないですよ」
ギョクレンは相手の顔を見ることなく、淡々と麺をすすっていた。
(終)