こぶしひとつやっと入るくらいのすき間をうらめしそうに眺めるギョクレン。先の暗やみにむかってライトをむけてみるものの、ひと筋の光がむなしくとおるばかりであった。けっきょくクモの巣まみれの頭をうなだれながらはしごを降りた。
「天井裏、行ったんでしょ。どう、子ねこ見えた」
翌朝、晩の物音を聞いた母親が朝食の席で聞いてくる。ギョクレンは天井の様子をせつめいしたあと、ひと言だめだったと残し会社へむかう。
すると、その日の昼休み、実家から電話がかかってきた。
「子ねこ、見つかったわ」
ギョクレンの胸には驚きとも喜びともつかない気持ちがわきあがってくる。
「だいじょうぶ、ムクちゃんのところへ返したから」
無事を確認しほっと息をなでおろすと、救出劇について語る母親の言葉が耳に入ってくる。
なんでも今朝出社したあとに、肩を落とすギョクレンの姿をみた父親が、さいごの手段とばかりに天井にねらいをつけて穴を開けたのである。子ねこは母ねこが上った穴から、おおよそ二部屋分ほど横切った風呂場の脱衣所の上で、とうとう無事に保護された。
* * *
それからまたひと月後、ギョクレンは晴れて子ねこを自宅に迎えいれた。いつまでも子ねこのままでは仕方がないから名前をつけることにする。
ギョクレンはねこの名前をつけるのは苦手である。なにしろ、実家ではねこの名前はムクに決まっていて、新しく飼うたび歌舞伎の屋号のように襲名されていたのだから。
「ぐずちゃんはどうかしら」
妻がふと口にした。
そのとき子ねこの鼻には鼻水がたれていた。おまけに母ねこからはぐれた境遇からして、ぐずとは、ぴったりの名前に思えてきた。
こうしてギョクレンのかぞくにくずが加わったのである。
(完)