護国寺にねこが何匹か住んでいることは知っていたので、ギョクレンはいつも前をとおるたびにねこの姿をさがしている。護国寺のねこはひとなつっこいので、ときたま道行く人が体をなでてやっているが、ギョクレンはまださわったことはなかった。
ある日の雨上がりの朝に、ギョクレンは護国寺から西側の皇族墓地に沿って路地を歩いていた。朝から気温が上がっていて、雨上がりの森のいきれが、塀のむこうのうっそうとした森から伝ってきた。
ひとがやっとすれ違えるくらいのせまい道には、ギョクレンのほかに人は見えなかった。
塀に沿ってぼうっと歩いていると、ちょうど頭の位置くらいにある塀の継ぎ目から、とつぜんへびがにゅるりと顔を出してきた。
「うぎゃあ」
気づいたときには蛇と顔がくっつきそうな距離まで来ていたので、ギョクレンは大きな声をあげて体ごとうしろに飛びのいた。
「うわああ」
と、そのときである。
背中から何者かの叫び声がした直後に「ドン」と大きな衝撃が加わって、こんどは前方につんのめってしまった。
ギョクレンは背中をさすりながらなにごとかと振り返る。すると、じいさんがその場に自転車ごところげているではないか。
じいさんと目があったギョクレンは状況を理解した。へびにおどろいて飛びのいた先に、このじいさんが自転車をこいでいたのであろう。おおかた、口笛でも吹きながらのらりくらりとこいでいたのだから、ひかれたギョクレンは運よく怪我をまぬがれたが、逆に災難はじいさんにふりかかり、こうして地べたに倒れこんでしまったのである。
じいさんは真っ青な顔をしてこちらを見あげていた。