「ギョクレンさん、『キューブリック』で大脱走でてるの知ってますか」
「なに言ってるんですか。大脱走は、スタージェスじゃないですか」
「いや、そっちのキューブリックじゃなくて・・・」
そっちのキューブリックじゃなければ、どっちにキューブリックがあるというのか。
相手のいったことをまるで呑みこめない顔をしているギョクレンに対し、同僚は説明する。
「フィギュアですよ。キューブリックって。そのシリーズで大脱走が出てるんです」
「へえ、そうなんですか」
ギョクレンはまだそんなに理解できていなかったが、なんとなく感心したような声で返事をした。
それをこころよく思ったのか、同僚は次の週明けにふたたび口を開く。
「ありました、ギョクレンさん」
「なにがですか」
「キューブリックですよ。昨日秋葉原で見てきたんですが、マックィーンとブロンソンが一緒に入ってましたよ」
「ほんとうですか、それすごいじゃないですか。完璧ですよ」
「ギョクレンさん」同僚はいっしゅん間をおいた。
「こんど僕、買ってきてあげますから」
「いやあ、ぜひ見たいなあ」
ギョクレンは興奮して返事をした。
それからまた一週間たった月曜日。同僚は席についたギョクレンに紙袋を差し出した。無言のまま、自信に満ちた笑みを浮かべる同僚を見て、ギョクレンの期待はいやがうえにも高まった。
「えっ」
包みをあけたギョクレンはあっけにとられた声をあげる。
中身はイメージしていたものとはかけ離れていたものである。ギョクレンは自分の目をうたがった。