押入れのなかを整理していたギョクレンは、いちばん奥に置かれていたひとつの紙袋の存在に目をとめた。袋を見ただけでは中身はいったいなんなのか、見当もつかない。
自分でしまったくせに見当がつかないなんて、どうせたいしたことはないのだろう。しかし、妙にきれいな手提げ袋なのが気にかかる。ひょっとしたらたいしたしろものかもしれない・・・
そんなことを考えながら手を伸ばして袋を引き寄せ、なかをのぞき見る。すると、ギョクレンの脳裡にはこの袋を手に入れたときの記憶がまざまざとよみがえってきた。
「ギョクレンさんって『大脱走』好きなんですか」
当時の職場でむかいの席にすわる同僚が急に声をかけてきた。
「えっ、なんでわかったんですか」
「だって、ホラ」と同僚は机の上に置かれたカップを指さした。
ギョクレンが愛用していたのは、大脱走の40周年記念DVDボックスを買ったものだけが手にする初回限定のマグカップであった。これを指摘されては否定するわけにはいかない。ギョクレンは素直に愛を認めた。
「やっぱりマックィーンはいいよね」
同僚もひとこと言わずには済まなかったのだろう。さらに会話を続けてくる。ただ、あまりに月並みなコメントではあったのだが。
「いや、ぼくはダニーなんですよ」
大脱走=マックィーンなのはもちろん重々認めていたが、ギョクレンはこっちなのである。
「ダニーってだれだっけ」
「ブロンソンです」
「ああ、ブロンソン。じゃあコバーンとかもね」
たしかにセジウィックも大好きなのだが、ここで二人を一緒に語ってしまうのも、まだまだ大脱走ビギナーといえよう。どうせなら、夜の見回りが来たときのシャワーのくだりを「俺は水難救助隊さ」という粋な発言と絡めて語ってほしいものだとギョクレンは残念がった。
その後はお決まりのバイクシーンの話となり、会話は平凡な話題に終始したまま、終わりを告げる。
それっきりおしまいとばかり思っていたところ、数日たったある日、ふたたび同僚が話しかけてきた。