ダムの向こう側の岸辺は、先日の台風のせいなのか一部が崩落しており、道路もガードレールも水面すれすれまでひん曲がっている。自然の威力の前には人間の力なんぞとるに足らないものなんだと、見せつけられているようである。
車はダムを過ぎて、しだいに集落の中へと進んでいった。
「あっ、看板が出てますよ」
「ホントだ。かぶと湯温泉って書いてある」
「じゃあ、別所温泉は?」
どうやら通りすぎてしまったようである。しかし、この状況で気がつかずに通りすぎてしまうくらいなのだから、きっと以前も通りすぎてしまったにちがいない。
そう決めつけて、かぶと湯温泉を訪れることとした。
「ギョクレンさんどうですか?」
「なんか、この細い道のふんいきはそれっぽいですねえ」
だが砂利が敷かれた駐車場が見えると、それも思い過ごしであったことがわかった。
駐車場は五台分ほどのスペースがあるのだが、満車である。先は細い坂になっており、建物は見えない。江井君とギョクレンは、様子を見に車を降りた。
坂道の途中から、ぼんやりと灯りがともる素朴なあじわいの家屋が見えてくる。
「すごい秘湯感ですねえ」
江井君はつぶやいた。
「ここでいいんぢゃないですか」
ギョクレンもこのたたずまいならばと納得するのだが、残念なことに入口で目にしたのは「本日の営業は終了しました」という貼り紙であった。
がっくりと時計を見ると、四時半をまわったところであった。
かぶと湯をあとにして、車はさらに先を進む。
「ひろさわでら温泉だ」
備井君は看板をまっさきに発見して、ハンドルを右へきった。
「こうたくじと読むらしいですよ」
江井君はスマホの画面を見ながら訂正した。
車はふたたび細い道へ入り込んでいく。
と、道の先にお寺が現れた。広沢寺は実在するお寺なのである。
そのすぐ裏手に、古いながらも趣のある旅館が姿を現した。
入口前に立った三人は、またもや貼り紙を目にすることとなった。
「日帰り入浴の方は露天風呂のみのご利用になります」
露天風呂のみというのがひっかかるが、入れないとは言っていない。
「ごめんください」
とびら口でよびかけると、気立ての良さそうな仲居さんが取り次ぎに出てきた。
(下につづく)