セルフ式のスタンドでガソリンを入れていたギョクレンは、ノズルを握りなんとなしに周囲を見渡していた。夜も遅いスタンドには、ほかに客の姿はない。と、敷地の隅にある洗車機が目に入ったので、洗車でもしてみようかと思いたった。
窓から身を乗り出して、慣れない機械の操作にとまどっていると、不意にうしろからひょっこり店員が現れて、うやうやしく機械と窓のあいだに立った。
「洗車でございますか」
店員はかがみこんで、満面の笑みを浮かべた顔をぬっと近づけてくる。
「ええ、まあ、ハイ」
「さようでございますか。りっぱなお車ですからね。いやはや、ホントにステキでございます」
おおげさにお世辞をまくしたてる店員に、ギョクレンの警戒心はゆるみ、話を聞く姿勢をとった。すると、相手の眼鏡の奥があやしく光り、後ろ手にかくし持っていたカードを目の前に差しだした。
「こんな素晴らしいお車でしたら、お手入れもひんぱんになさりますでしょう。そこで、このわたくしめから、たいへんお得な洗車プリペイドカードをご紹介させていただきたいのですが」
言葉づかいは卑屈でも、瞳の奥底は獲物をねらってぎらぎらと輝いている。
「こちらはですね3000円分のプリカなのですが、なんとですよ。今だけ2500円で販売しております。ハイ。」
「へえ、お得ですねえ」
ギョクレンは、相手の思惑どおりカードに興味を示す。
「そうでございましょう。今ならご購入いただけますと、ボックスティッシュを2箱プレゼントいたしております。ハイ」
「ほんとですか」
「もちろんです。それからさらにですよ。ここからがすごいんです。プリカを2枚ご購入いただけますと、なんと、ボックスティッシュ6箱差し上げているんです。へへっ」
店員は、6箱のボックスティッシュをことさらに強調して「どうだ」といわんばかりの顔で客の様子を見ている。ところが残念なことに、ギョクレンはボックスティッシュにはまったく興味を示すことはなかった。
「そんなにあってもじゃまですねえ。じゃあ、1枚買います」
「えっ、よろしいんですか。2枚なら6箱ですよ」
店員は肩すかしを食らってあ然とする。なおもボックスティッシュに執着したかったのだが、ギョクレンは愛想笑いとともに相手の言葉を鼻から抜いてしまった。
「承知いたしました。それではカードをご用意いたしますので、しばらくお待ちくださいませ」
店員は向きを変え事務所にむかって一目散に走りだしていった。その姿を追ったまま事務所の入り口を眺めていると、つぎに出てきた店員が、6箱のボックスティッシュを抱えている姿を認めたのである。