「お待たせいたしました」
よほど急いで戻ってきたのであろう。店員はぜいぜい息を切らしている。
「わたくし、たった今、上司と掛け合いまして、お客さま限定で、ナント、2枚で4000円のサービスが可能となりました。通常一枚3000円のところ、今だけ2500円のこのカード。それがお客さまにかぎっては2枚購入で4000円になるのです。」
店員は自信満々にカードをちらつかせる。だが、ギョクレンはそんな薄っぺらなカードより、小脇に抱えられた6つの物体にどうしても目がいってしまう。相手もその視線に気がついたのか、にやりとうなずいて言葉をついだ。
「ええ、そうですよ、お客さま。もちろんこちらのボックスティッシュも・・・」
あとの言葉はいらないとばかりに、店員は現ナマを目の前に差し出した。
「ええ、いや、あの・・・」
ギョクレンはおどろきのあまり言葉を失った。とはいえ別に2枚で4000円のサービスにおどろいたわけではない。
この男は、本気でティシュをエサに獲物を釣ろうと思っているのだろうか。これが札束や金塊であれば目もくらもうが、目の前に積まれているのはただのボックスティッシュが6箱である。
もう一度相手の表情を確認する。
やはり本気である。ティシュはじゃまだと突っぱねたことなど、店員の頭のなかにはすでに存在していないようである。
「すいません。1枚でお願いします。」
ギョクレンはなんだか自分が悪いことをしているように思えてきて、謝りながらカードを購入するしかなかった。
店員もギョクレンの誠意ある態度に納得し、これ以上の押し売りをすることなく、1枚分の代金を受け取り、カードの説明を始める。
「それではお客さま、まずはですね、ここにカードを挿入いたします。それからコースを選んでいただくのですが・・・」
店員はそう言ってうながすような視線をギョクレンに向けてくる。機械の画面には3つのコースが表示されていた。
標準洗車コース
ワックス洗車コース
デラックスコーティングコース
値段は下にいくほどに高くなっている。最初ということで、違いもよくわからないまま、デラックスコーティングを選んでボタンを押した。
「おほっ、デラックスコーティングをお選びですか。さようでございますか。いやはや、さすがでございます」
店員は、よほどうれしかったのか、にたりとした表情で食いついた。興奮してうわずる口調を抑えようと口に手を当てるが、すでに手遅れ。ギョクレンには、その耳ざわりな声はしっかりと届いていた。
「これで決定でございます。あとは機械の指示にしたがって前にお進みください。では、デラックスコーティングコース、いってらっしゃいませ」
ギョクレンはゆっくりとアクセルを踏んだ。ずいぶん長いやりとりを交わした店員に対し、さようならもありがとうも言うことはない。それどころか、店員の声など聞こえていないかのような態度である。
しばらく進んでから、ギョクレンはミラーに目をやった。店員はこっちに向かって相変わらずいやらしい笑みを浮かべているように見えるのであった。