空席(その2)

(前回のおはなしはこちらから) 

 

「もうちょい先だよ。あと三駅」

路線図を確認していた若者は、ようやくルートを把握したので、振り返って仲間に声をかける。

すると彼の視界には、さっきまで自分がいた場所、ふたりの友人の間に見知らぬ男が腕組みをしている姿が飛び込んできた。

あぜんとする若者はいちど目をこすってからぱちくりとさせ、もういちど自分がいた席を見る。もちろんそんなことをしたくらいで、男が目の前から消えるわけはない

視線の先には変わらず席には男のすがたがあった。

若者は、先ほどの駅で何者かが乗り込んできたことをようやく理解する。両脇に座る友人と目を合わせると、急におかしくなったらしく、笑いがこみ上げてきた。

「いやあ、あと三駅だよ」

若者はいじわるそうににやにやした顔をして近づくと、友人が座る席の前に立って話しかけた。

「そうか、そうか。ごくろうさん。立ちっぱなしで疲れたろう。座るかい?」

友人も意図を理解して悪ふざけに加わった。
すると反対側にいた友人も、おれもまぜろとばかりにおどけた調子で会話に加わってくる。
こうして男を囲んで会話の包囲網が形成されていった。
 
さて、列車のゆれに体をゆだね、つかのまの休息の時間をすごしていた男は、急にまわりが騒がしくなったことで心をかき乱されていた。しばらくは目をつぶったまま耐えていたものの、とうとう我慢ならなくなった。

わざわざ自分のまわりをえらんで騒ぎ出すとは、いったいどこぞのマナー知らずだ

そんな声でも聞こえてきそうなくらいに、するどい視線で周囲を確認したのだが、前に立っていた男の姿をみたときにようやく事態に合点がいったようである。

この場所をえらんだのはコイツラではない。自分がみずから戦場に飛び込んでしまったのだ・・・・
男はとうとう気がついたのであった。

 

(続く)