ギョクレンはすっかりあらわになったごみ箱の底をうらめしそうにながめている。せっかくきれいにしてもらえたのに、このうえなにが不満だというのであろうか・・・
ギョクレンは、ごみ箱にかぶせるレジ袋のストックをいつも用意している。それをごみ箱の底に置き、上から一枚レジ袋をかぶせる。こうすれば袋ごとごみを捨てたときに、底から次のストックを取り出せるというわけである。
ところがいま、底をみつめる視線の先にはそんなストックなどひとつもころがってはいなかった。
上司はごみを捨てるのに箱を高々と持ち上げてから逆さにして放り込む。ごみ箱のなかに入っているものはすべてごみである。
ところが、ギョクレンにとってはレジ袋までがごみなのである。その下は大事な備蓄品なのだが、そんな考えなどおよびもしない上司はさいごのさいごまで入念にごみ箱を空にしてしまうのであった。
捨てられるたびに自分の家からストックを持ってきてまた置くを繰り返す。そんな作業にいやけがさしギョクレンはとうとう上司に注意をしようと決心した。しかし、相手の善行に水を差すようなことはしたくなかった。過ぎたことをくどくど言うのも男らしくはないので、次に上司がごみ箱をかかえあげる瞬間をねらい、さりげなく切り出そうと決めた。
「ホラ、この袋だけ持ち上げればいいんですよ。手も汚さないから便利でしょう。底には替えの袋も置いてあるんです」
セリフも決まり、あとはタイミングだけと意気込んでのぞんだ当日の朝、デスクに到着するなり上司が近づいてくる。ところが相手はごみ箱には目もくれず、通りすがりにさわやかにあいさつをしてきた。
「おはよう、あっ、ごみは昨日の帰りに捨てといたからね」
あ然とした表情ですっからかんのごみ箱に目をやる。顔をあげて上司の背中を見送るその表情にはあきらめの色がただよっていた・・・。
「さあ、ごみですよ」
今日もオフィスには快活な呼びかけが響いている。上司は毎度のようにギョクレン氏のごみ箱を空にして去っていった。けれどもギョクレンの表情は以前とはちがっている。もはや解決できない問題に頭を悩ますようなことはしなかった。相手を動かすよりは自分が動くほうが数倍かんたんなのだから発想をかえることにする。
そうしてすました顔して机の引き出しをあけ袋のストックを取りだすと、さっとごみ箱にかぶせて仕事にもどっていった。
(完)