ムルティプラを見に行ったのか、シトロエンを見に行ったのか、わからない話

中古車サイトで見つけたムルティプラに会いに行くべく、お店に電話して在庫の確認をし、埼玉の北部へと向かった。

初めて訪れるはずなのに、どうもなじみがあるような気がしていたのだが、そのわけは、私の所有する一冊の本にあった。

この本の中で、BXのメンテナンスについて取材を受けているお店の写真と、サイトに掲載されていたお店の看板が、一緒だったのである。

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車を走らせること2時間弱でお店に到着。道路沿いにこそ普通の中古車が並んでいるのだが、一歩敷地に入ると、あきらかに売り物ではないシトロエンたちが、あちこち無造作に置かれている。

「つわものどもが夢の跡」という言葉が自然と頭に浮かび、うら寂しさを覚えながら、その光景を眺めていると、事務所から年配の男性が姿を現した。例の本に掲載されている写真とは別の方である。

私の乗ってきたエグザンティアを見て、最初は何の用件で来たのかわからないような顔つきをしている。

「あの、ムルティプラの件で…」と言うと、「ああ」と納得したように穏やかな笑顔を見せてくれた。

あいさつが済んだところで、本題に入りたいところなのだが、その前にどうしても気になっていたことを尋ねてみた。

「こちらって、あのお店ですよね」

「ええ、そうですね。昔は向こうのお店と一つだったんですけど、いまは分かれてやってますね」

「いまでもシトロエンの整備をやられているんですか?」

「ええ。でも彼らは違うんですよ」

と、敷地の奥にいる数人の男性に目を向ける。

「彼らはね、休みの日にここに来て、自分のクルマを整備してるんですよ。そこらへんの車両から部品とか探してね。でもね、自分だけで整備するのは難しいでしょう。だから、そういうところは、うちのメカに教えてもらいながらやってるんです」

なんと、そんなシトロエンのワークショップのようなものが、この埼玉の片隅で繰り広げられているのか。

遠目からだと作業場の様子まではうかがい知ることはできないのだが、集った人々に自分の技術を惜しげもなく提供する寛大さといい、自然とシトロエン好きが集まってくる人徳といい、きっと中にいるメカの人は、シトロエンの仙人に違いない…。

男性の話を聞きながら、私は最初に感じた印象が間違いだったことに気づいた。

ここは「夢の跡」どころか、いまだにシトロエンに対する夢であふれている場所だったのだ。