正月にスキーへ行ったギョクレンは、苗場にある「こしじや」という馴染みの宿に宿泊した。道具はレンタルすることになったのだが、細君はスノボをしたいとのことである。
もちろんこしじやにはスノボなんてものは置いていない。(理由が知りたければ、いちど宿泊するのが手っ取りばやい。)
そこで、宿のばあさんに相談すると、近くに知り合いのレンタルショップがあるから、そこで借りろと言ってきた。
「いいか、行く前になったら、オレが電話してやるから。勝手に行くんじゃねえぞ。まず、飯食え」
これは、どこかのスカしたアニキがしゃべっているわけではない。れっきとしたばあさんのセリフなのである。(生で聞きたかったら、いちど宿泊してみるのをお勧めする。)
そう言われてしまったら、飯を食わないわけにはいかないので、まずは食堂に足を運ぶことにする。
飯を食って戻ってみると、ばあさんはフロントに寝転んで箱根駅伝を見ている。(どうしてフロントに寝転ぶことができるのか。知りたければ、いちど宿泊してみることをお勧めする。)
「おお、飯食ったか?」
ばあさんは気配に気がついてこっちを見た。「ごちそうさま」と言うと、ばあさんは満足気な笑顔を見せて、ふたたびテレビ画面に戻っていく。ギョクレンはその先を期待して、その場に立ったままでいた。
ところが聞こえてくるのは、テレビの中で興奮している駅伝の実況中継の声だけ。どうやら駅伝に夢中になって、レンタルのことなど忘れてしまったらしい。
「あの、そろそろスノボを借りに行こうと思うんだけど、道路を渡った向かいの店でいいんだよね」
いつまでもこの場所で突っ立ったままではいられないので、ギョクレンはおそるおそる切り出した。
「だからオメエ、勝手に行くんじゃないって。オレが電話してやるから」
ばあさんは、話を聞くなりはね起きた。どうやらギョクレンが勝手に行動しようとしたのが気に入らないようで、ブツブツ言いながら受話器を手にした。
さっきまで自分が忘れていたことなど、もはやばあさんの頭のなかには存在していない。
「おお、モシモシ、オレだけど。今からスノボをレンタルしに行くから、1500円で貸してやれ。わかったな」
それだけ言うと、いきおいよく電話を切って寝転んでしまう。おそらく相手は返事をする時間などなかったであろう。
「普通に借りたらもったいねえだろう」
ばあさんは、ひじ枕にのせた顔を心もちひねって、笑顔でギョクレンを見送った。