下北沢の改札口を抜けると、通りから小気味の良い音楽が聞こえてきた。
音のほうへ目を向けると四人組のバンドが路上で演奏を披露している。ジャズをベースにしたグルーヴィーな演奏は、通りの注意を惹きつけるには十分な腕前で、すでに大きな聴衆の輪が四人を包み込んでいた。
私は演奏に耳を傾けながら後ろをゆっくりと通り過ぎ、コンビニへと入っていった。
半日遅れの朝刊を手にして通りに戻ると、ライブはクライマックスを迎え、終了と同時に通りは大きな拍手で包まれた。
「ありがとうございました。○○でした」
演奏を終えたメンバーは、バンドのPRを始める。
「今度、ライブやりますので、どうぞ見に来てください」
一人はビラを配り始めた。
「CDも販売しています。良かったら聞いてみてください」
一人は手にしたCDを掲げた。
しかし残念なことに、その言葉はさっきまでの演奏ほどの効果をあげることはできない。彼らの言葉は聴衆の耳に届きこそすれ、胸に突き刺さることはなかった。
周りの輪はしだいに形をくずしていき、通りの奥に消える者、改札に吸い込まれる者が続々と現れる。
「お願いしまーす」
メンバーは、聴衆の離散を食い止めようと必死に声を出すが、相手もそうやすやすと立ち止まりはしない。
「僕たち、お金がありませーん」
そこへ一人がひねりの効いた呼びかけを試みた。ユーモアのある響きに聴衆のあいだに笑いが生まれる。ようやく足が止まった聴衆をさらに注目させようと、もう一人が続いた。
「お金もっていませーん。よろしくお願いしまーす」
「ウチラだって、お金もってなーい」
そばにいた女子高生二人がその言葉に呼応する。
それを聞いた聴衆はどっと湧き、ふたたびその場に一体感が生まれようとしていた。
ところが、次の瞬間、この場にふさわしくない悲壮なセリフが発せられたのである。