「パスタどうでしたか?」
私はマスターの方へ顔を向け、おいしいと答える。
「これは私のアレンジでコリアンダーとナンプラーを混ぜているんですよ」
そう話すマスターの瞳からは、心の底から料理が好きだという感情がにじみ出ている。
だが、そのときの私の二つの眼は、カウンターの奥で信じられない光景を目にしていたのである。
子供のような表情で料理の話を続けるマスターのすぐ後ろで、女の子がまかないを食べていた。ところが、あれだけマスターが自慢している料理を、女の子は躊躇なくゴミ箱へ捨てているのである。
「いけない」
私は動転しながらも、マスターの気をひこうと会話を途切れさせないようにする。背中で起こっている事件など知るよしもないマスターは、私のことを話し好きとみたのか、調子に乗って会話にのってきた。
しかし私はもうマスターの言葉など耳に入ってこなかった。
ただ、
「マスターよ、どうか振り返らないでくれ」
と心のなかで念じていた。
そして、
「女の子よ、捨てるなら見つからないように完璧に始末してくれ」
とも念じていた。
「おつかれさまでした」
無事にまかないを片付けた女の子は、たどたどしさが残る日本語で、あいさつをして帰っていく。
「あの子は今日がバイト初日なんですよ。ずっと募集かけても誰も来なくて、ようやく入ってくれたんです」
マスターは親鳥がひなを見るような表情で、道路に消えていく女の子の背中を見送っていた。
店をあとにした私は、あの二人の幸せを心から願わずにはいられなかった。
(完)