すれちがった人の話

借りている駐車場から不忍通りに出るまでには、狭い路地裏を200メートルほど進まなければならない。車がやっと一台通れるくらいの道なので、人が前から来てすれちがうときでも、どちらかが停まって道を譲らなければ行き違うことも難しいのである。

ある日のこと、いつものようにゆっくり車を進めていると、前方から自転車がやってきた。ブレーキを踏んで停まろうとしたのであるが、向こうが電柱の陰に隠れるように自転車を寄せてくれたので、ありがたく脇を通り抜けることにした。

顔が認識できるくらいに近づいたときに、こちらは相手になるべく伝わるように、大きく頭を下げる。すると向こうでは、親指を立てて「グッド!」のゼスチャーをしてきた。

オヤっと思ってよく見ると、サングラスとヘルメットで遠くからはわからなかったが、相手は外国人であった。

ナルホドと納得して笑顔で目を合わせた。

すると、その男はもう一度、さらに大きな「グッド!」を出してくる。

はて、大きな会釈をしたことが「グッド!」なのかい?

こちらでは相手の意図が分からずに、怪訝な表情をしていると、相手はエグザンティアのフロントに付いたダブルシェブロンのエンブレムを覗き込むようにしたあとに、ボンネットを指さしている。

「ああ、そういうわけですか。あんたはフランス人なのかな」とこちらもようやく合点がいったと同時にうれしくなり、通り過ぎるときに笑顔でうなずいた。

自転車の男はすれちがったあとも、その場に留まりエグザンティアの後姿を見送ってくれた。