お化けの実在に関する文献 - 3

(前回のお話)

身近につきまとう不気味な影を意識するようになってから数日がたった。部屋で何の気なしに過ごしていたわたしは、ふと目をやった天井近くの壁に、一点のシミのようなものを見つけた。
はて、あんなところを汚した記憶はない。そう考えながら視線をすえていたら、黒いシミがわずかに動き出す。おやっと思い、近づいてよく観察してみると、シミだと思っていたのは小さな蜘蛛であった。
蜘蛛のほうでもわたしの存在に気がついたのであろう。逃げるように壁を這っていき、安全な距離までいくとまたそこに留まっている。

わたしはその動きをじっと目で追っていた。

トイレの影、センサーの反応・・・

頭の中にあった疑念がすっと消えていくようであった。

あくる日、例の通路にある防犯カメラまで来ると、いつものように通り過ぎることなく、立ち止まって観察をはじめる。裏側にまわり込み、背伸びをしてカメラの隙間を覗き込むと、そこには小さな鳥の巣のようなものができている。すでにもぬけのからになっていたものの、最近までそこにはヒナがいたであろうと思われた。

部屋に戻ったわたしは、ふたたび壁に蜘蛛の存在を認めた。今度は悟られぬよう慎重に近づいてビニル袋へ捕獲すると、ベランダから外へと解放する。

すべては思い込みのなせるわざであったのだ。

ささいな偶然の積み重なりは、ときに人の心理状態に悪い影響をおよぼすことがある。きっかけは小さくても、一度植え付けられた不安や恐怖は、本人の思いもしない早さで増幅していく。不安が不安を呼ぶ、その心境におちいると、人の想像力はありもしないものを生み出していくのである。わたしの場合も、自分でつくったものを勝手に信じ込んで、ひとり怖がっているだけだったのだ。

このところの憂うつからも解放され、わたしはすがすがしい気分でベランダから部屋へ戻ってきた。

窓際で顔を上げてまっすぐ前を向くと、ちょうど正面には部屋の玄関が見える。

そのとき、そんなわたしの気持ちをあざ笑うかのように、誰もいない玄関で、センサー式のライトがひとりでに点灯した・・・

 

おわりに言わせてもらいたいことは、わたしは実在しないお化けの存在を信じている人間であるが、一方でお化けの実在を信じる人間だということである。