「吉岡さんってダイナミックでさ・・・・」
電車に乗り込んで座席にすわると、向かいの会話がとびこんできた。
「ホント、あの人ダイナミックでしょ」
どうやら二人は職場の同僚らしい。酒を飲んで上機嫌なようで、片方が一方的に口を動かしていた。
「いや、もうダイナミックで・・・」
話を聞いている男のほうは、ゲラゲラと笑いながら、あいづちを打っていた。
「すごいよ、あの人。ほら、なんて言うのかな・・・」
(どうせダイナミックって言うんだろ。)
ギョクレンは心の中で吐き捨てた。
「まさにダイナミック」
うんざりされていることなどつゆ知らず、男は気持ちよさそうに言葉を発した。
電車に乗り込んでから、まだ二駅も過ぎていない。それなのに、ダイナミックがすでに何度出てきていることか。
いったい吉岡さんのどのあたりがダイナミックなのだろうか。その実態をさぐるべく会話に耳を傾ける。だが、肝心なところが電車の音にかき消されて伝わってこない。
「そうそう、そこが、ダイナミックなんだよなあ。吉岡さんって」
結局これである。この言葉だけは騒音をつらぬいて耳に伝わってくるのである。
ギョクレンはまたかという思いで軽く舌打ちした。おそらくこの短い時間に、一生分のダイナミックを聞かされたのではないか。これまでの人生を振り返ってみても、ダイナミックなんて言葉を耳にしたのは、ダイクマのCMぐらいである。
降車駅へと到着しギョクレンは立ち上がる。二人の脇を通り過ぎようとした瞬間、男がまたもや「ダイナ・・・」と発しかけた。そうはさせじとギョクレンは、足早に車両を後にした。
ホームで一息ついて振り返ると、二人は依然楽しげに会話している。
(どうせまた言ってるんだろ。よっぽどあの言葉が好きなんだな。)
そう吐き捨てて二人に背を向けた。
それから数日後、ギョクレンは仕事の打ち合わせをしていた。
「ここ、ダイナミックですねえ」
同僚の発言にびっくりして顔をあげる。
「どうかしました、ギョクレンさん?」
死んだじいさんが目の前に現れたような顔をしているギョクレンに、同僚は問いかける。
「いえ、なんでもありません」
ギョクレンはすぐに顔をもどして資料に目をやった。
(終)